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中国によって「自由」を奪われたモンゴルの惨状|山田宏×エンフバット・トゴチョグ

   
Hanadaプラス
2023年72
https://hanada-plus.jp/articles/1327
 

モンゴルで起きている現実は明日の日本でも起こる。中国による人権弾圧を20年以上にわたって訴え続けてきた南モンゴル人権情報センターの代表が7年ぶりに緊急来日。今モンゴルで何が起きているのか? 南モンゴルを支援する議員連盟幹事長の山田宏参議院議員と緊急対談を行った。

 

 

20年以上訴えてきた人権問題、知られざる南モンゴル問題

アメリカ・ニューヨークに本部を置き、国連、アメリカ国務省、アメリカ連邦議会をはじめEUなど世界の主要な機関において20年以上にわたって南モンゴルにおける人権問題を訴えてきた南モンゴル人権情報センターの代表をはじめ役員3名が7年ぶりに来日した。アメリカ国務省、連邦議会から招待されて証言を行ったことのある南モンゴルの唯一の団体でもあり英語圏では広く知られているものの、日本では、モンゴルや南モンゴルにおいて事件が発生したことを報じるニュース記事などに情報元として名前が載るくらいで、知名度はまだほとんどないと言ってもいいだろう。

だがそのホームページを見ると一目瞭然だが、南モンゴルにおける様々な人権問題について、証言や情報が幅広く収集されており、非常に重要な情報発信を行っている。貴重な情報源であり、その話を直接聞く機会を得ることが出来たことは僥倖であった。

日本では、チベットを支援する国会議員連盟やウイグルを支援する国会議員連盟はあるものの、南モンゴルを支援する議員連盟は長いことなく、2年前に自民党議員によって結成された。議連幹事長に就任した山田宏参議院議員と議連事務局長(当時)に就任した上野宏史衆議院議員(当時)を中心に構想が持ち上がり、二人の熱意のお陰で、高市早苗衆議院議員を会長に力強く発足した。

コロナ禍であったこともあり、南モンゴル人権情報センターのメンバーの来日は、南モンゴル議連発足後、今回が初めてである。南モンゴル議連幹事長の山田宏参議院議員と南モンゴル人権情報センター代表のエンフバット・トゴチョグ氏に対談を行ってもらい、南モンゴル問題と中国にいかに立ち向かっていくかについて議論を交わしてもらった。(聞き手・文責/石井英俊 自由インド太平洋連盟副会長)

石井 エンフバットさんは今回7年ぶりに来日したわけですが、その目的をまず教えてください。

エンフバット 私はニューヨークに本部を置いている南モンゴル人権情報センターという人権団体の代表をしています。20年以上にわたり、国連やアメリカ国務省、アメリカ連邦議会やEUなどで様々な証言を行ってきました。今週(6月第2週)、台湾で中国の人権問題に関するアメリカ国務省のイベントがあり、私の組織はそのプロジェクトのパートナーとしてそこに参加しました。日本に行きたいとずっと考えていましたので、台湾に来たこの機会に日本も訪問したいと考えて、急なことでしたが来日することにしました。

ここ数年、日本の議会では、中国の人権問題、その中で南モンゴルの問題についても非常に多く取り上げてくださっています。特に日本の「南モンゴルを支援する議員連盟(会長:高市早苗衆議院議員)」は熱心に動いてくださっています。

例えば、2022年10月にはムンヘバヤルさんの件についての声明文(※筆者注:Hanadaプラス「国民栄誉賞受賞ジャーナリストの不当逮捕に習近平の影」参照)を出してくださいました。世界が南モンゴルでの問題について理解するために、声をあげてくださっていることにとても感謝しています。ですので、日本の議会が今後も南モンゴルの問題や事件を取り上げ続けてくださるようお願いしにきました。

 
エンフバット・トゴチョグ南モンゴル人権情報センター代表(右)

 

 
 
山田宏参議院議員  

石井 南モンゴル議連が結成(令和3年4月)されてから約2年になります。その経緯と、この2年間の活動の成果について話してください。

山田 我々はかねてから中国における他民族への人権弾圧について非常に強い関心を持っていました。その中で、2019年ごろから香港への人権弾圧が強まってきたのですが、ウイグルやチベットや香港だけでなく、南モンゴルでもモンゴル語の使用をなくしたり、歴史を抹消するようなことが行われていると楊海英先生(静岡大学教授)からお聞きしたのが議員連盟結成のきっかけです。中国の人権問題の中で南モンゴルにスポットを当てた議員連盟がないのでこれを作っていこうと考えました。

日本は歴史的にモンゴルとの関係は深いものがあり、とりわけ戦前においては満州国を通じて五族協和ということで、モンゴル人と日本人は様々に交流してきた歴史的経緯があります。この南モンゴルについては、我々日本人は、特に日本の国会も、非常に深い関心を持っていくべきだと南モンゴルに特化した議員連盟を作ることに至ったわけです。

議連発足当初は、「内モンゴル自治区」という言葉は、日本人は知ってはいても、「南モンゴル」という言葉には理解が薄かった。とりわけ国会内においては、南モンゴルが中国国内で問題がある地域だということを、議連ができたことで多くの国会議員が知ったと思います。南モンゴルにもそういう問題があるのだ、内モンゴル自治区ではなく南モンゴルと言うんだ、という理解が少しずつ広まっていったことは、議連結成の成果だったと思います。

チベット、ウイグルと、そして必ず南モンゴルということで、国会の決議でも中国の人権弾圧の決議(※筆者注:2022年2月衆議院、同12月参議院において「新疆ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」が成立)があがって、南モンゴル地域も我々の大きな関心地域であることが、国会内においても広く知られ市民権を得たと思います。

その後、楊海英先生から色々な歴史のお話をお聞きしたり、または時々の問題、中国によるモンゴル語の禁止、学校現場でのモンゴル語教育の禁止など情報を聞きながら、我々も理解を深めてきました。昨今は、ムンヘバヤルさんの事件をはじめとして、今回もこの5月に南モンゴルの歴史家、作家で反体制派のラムジャブ・ボルジギンさんがモンゴル国の中で拘束されるという考えられないことが起きていることに、我々も大変深く憂慮しています。

日本国内においても、中国政府の機関が、日本国内にいる中国出身者を監視することが行われていることがわかっていまして、同じように中国による常軌を逸した内政干渉というものに対しては、我々としても他人事ではないと考えており、南モンゴルにおける人権問題、モンゴル国においてこういうことが行われているということに対して、モンゴル国政府に対しても深い関心を持っているということをメッセージとして出しているところです。
 

逮捕され中国に強制連行、モンゴルで自由に活動する中国の警察

 
   
 

石井 いま山田先生からラムジャブさんの事件についての言及がありました。この事件については南モンゴル人権情報センターが情報発信をしたことで日本でも一部報道が出て、関心が高まっています。解説をお願いします。

エンフバット 私個人としても、南モンゴル人権情報センターとしても、このラムジャブ・ボルジギンさんとは何年もの間、直接のつながりを持ってきました。ラムジャブさんは、南モンゴルにおける反体制の著名な作家です。『中国の文化大革命』という書籍を出版したために2019年に懲役2年の判決を受けて服役し、刑期を終えたあとも無期限の自宅軟禁とされていました。今年(2023)3月に中国を脱出してモンゴル国に逃げたのですが、5月3日に中国が派遣した警察にモンゴル国において逮捕され、中国に強制連行されてしまいました。いま山田先生が指摘されたように、本来はまさに「考えられない」事件です。独立国であるモンゴル国において、中国の警察が自由に動いているわけですから、異常な話なのです。

特にラムジャブがモンゴル国に行ってからは、私たちは頻繁に連絡を取っていましたし、インタビューも行いました。インタビュー内容は私たちのホームページでも公開しています。

ラムジャブはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じて亡命を求めていたので、私たちはその手助けをしていました。しかし残念ながら、その取り組みをしている最中に、中国政府は自国の警察をモンゴル国に送り、ラムジャブを逮捕して中国に連れ戻したのです。私たちはラムジャブの健康状態も何も今は全くわかりません。南モンゴルのシリンゴル地域にいるようなのですが、それが刑務所にいるのか、拘置所なのか、自宅軟禁なのかなどは全く分かりません。

わかっていることは、彼に自由が無いということだけです。実は、このラムジャブのケースは、初めてではありません。2009年以降、同じような事件が少なくとも5件はありました。南モンゴルから独立国であるモンゴル国に逃げている人々に対し、中国政府が警察を派遣して逮捕し、連れ戻したというケースです。
 

山田 その5件がその後どのようになったのか、その捕まった人たちがどうなったのかの消息はわかっているのですか?

エンフバット 最初のケースは、2009年のバッチャンガ氏です。バッチャンガは南モンゴルのオルドス出身で、当時はモンゴル国のウランバートルにいました。バッチャンガはモンゴル・チベット医療学校の校長をしていました。モンゴル国に逃げてきており、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を通じて亡命を求めていました。

先ほどのラムジャブのケースと同じなのですが、中国政府が警察を送り、バッチャンガを逮捕・連行しました。この時、中国の警察は、何とモンゴル国の警察と一緒に、ウランバートルのUNHCRのビルの前でバッチャンガを逮捕し、彼の妻と娘と一緒に中国に連れ去りました。UNHCRのビルの前というのが、異常性を際立たせています。その後、バッチャンガは中国で懲役3年の刑となり服役しましたが、刑期を終えた後の彼がどうなっているのかは全く分かりません。その事件が起きた2009年のとき、バッチャンガの娘はまだ9歳でした。そのためこの娘さんはそのときのショックが元で非常に深刻な精神病を患ったということを聞いています。バッチャンガの健康状態についての情報は何もありません。
 

一般市民は反中だが、政府もメディアも親中

 
   
 

山田 2009年からモンゴル国の警察と中国の警察が一緒になって、モンゴル国にいる中国から逃げてきている人を捕まえているということは驚きです。2009年からということはかなり前からですが、どのような事情でそのようなことが起きているのでしょうか。つまり、中国から見て不適当な人物を中国と協力して捕まえるというようなことを、なぜモンゴル国政府がするようになったのか。政権が変わったりしたことが原因ですか?

エンフバット 私の考えでは、大統領や政権などの個人の問題ではありません。独立国家であるはずのモンゴル国ですが、中国の影響力はとてつもなく強大です。しかもその影響力はいま増大しています。政治的にも、経済的にも、文化的にも、中国の影響力は非常に大きいです。中国の圧力の下では、モンゴル国政府にとっては選択の余地がなく、中国に協力せざるを得ない状況です。政権与党が民主党であろうと人民党であろうとそれほど大きな違いはありませんが、いまは人民党が与党で特に悪くなっていっています。モンゴル国の市民はいまの人民党の政権が独裁的になっていっていることを非常に心配しています。

山田 以前、私もモンゴル国を訪れたことがあるのですが、モンゴルの人々の中国嫌いというのは非常に強かった覚えがあります。ロシアのことは好きなようでしたが、中国は嫌いだという人が非常に多かったのですが、いまも同じ状況ですか?

エンフバット 一般のモンゴル市民の状況は、反中国です。人々は中国が嫌いですし、中国の影響力が強くなっていることを恐れています。中国の圧力によって独立が脅かされていると感じています。

しかし、政府は全く違います。モンゴル国政府は南モンゴルについてや人権問題については全く触れません。ムンヘバヤルの事件を見てもらえばわかるように、今や、中国政府の言うことを聞いて、モンゴル国政府は自らの国民を処罰することまでしています。これがいまモンゴル国で起きている現実です。

それだけではありません。ラムジャブが中国によって逮捕されて中国に連行された事件の後、モンゴル国政府の圧力によってモンゴル国のニュースメディアはこの事件について、ラムジャブは逮捕されたのでも連行されたのでもなく、ラムジャブの家族が迎えにきたので中国に帰ったのだと報道しています。これは中国政府の作ったストーリーです。モンゴル国政府は自国のメディアに圧力をかけて、中国の作ったストーリーを流しているのです。これを見ても、いかに中国の影響力がモンゴル国政府に対して強いのかがわかってもらえると思います。
 
そして先ほども言いましたように、ムンヘバヤルの事件はさらに一歩悪い新しい事態なのです。モンゴル国政府が、中国の圧力によって自国民を処罰したのですから。
 

G7広島サミット共同宣言からも外された南モンゴル

石井 エンフバットさんから要望などありましたら話してください。

エンフバット G7広島サミットの共同宣言において、チベットとウイグルと香港は名前が明記されていますが、残念ながら南モンゴルは書かれていませんでした。私たちの希望としては、日本の国内のものであれ国際的なものであれ、今後の声明文や決議などのあらゆる機会において、南モンゴルも漏れなくしっかりと書き込まれるように協力をお願いしたいと思います。

山田 日本政府が南モンゴルについて正しく認識していくように、皆さんからも情報をいただきながら、常に政府に対して情報提供していく必要があると思っています。我々の仲間である中谷元人権担当首相補佐官もいますので、補佐官を通じて岸田総理にも、南モンゴルも弾圧を受けているということを頭に入れてもらうように働きかけていきます。

我々は「国会決議」では南モンゴルもしっかり入れたわけです。G7の議長国としては今年(2023年)いっぱいは岸田総理が議長なので、今後こういったものを発する時には南モンゴルもきちんと含まれるように訴えていこうと思います。

2019年の12月に安倍総理が中国を訪問したのですが、この時安倍総理が初めてウイグルの問題を習近平主席に対して言及しました。それまでチベットについては言っていたのですが、ウイグルには触れていませんでした。日本の外務省は、ウイグルについての発言はされないようにと押さえていたのだけれども、安倍総理はこの時はっきりウイグルの人権状況についても言われたのです。安倍総理からお聞きした話です。安倍総理がウイグルと言及したら、その時会議が凍りついて、習近平主席も一瞬顔面蒼白になってちょっと言葉が出なかったそうです。そして習近平主席は一言「ウイグルは国内の問題だ」というのが精一杯だったそうです。

岸田総理には、この安倍総理に習って、チベット、ウイグルに続いて南モンゴルともはっきり言ってもらうようにしないといけないです。安倍総理のその時にはウイグルが初めて言及され習近平主席も凍りついたわけだけども、いまはもう毎回当たり前のように触れているわけです。南モンゴルにも当然触れるというようにしていかないといけないと思います。(対談は2023年6月7日に行われた)

エンフバット・トゴチョグ
https://hanada-plus.jp/articles/1329

1972年、内モンゴル自治区バイリン地方生まれ。内モンゴル大学でモンゴル言語学とモンゴル文学を専攻。卒業後、1998年に日本の吉備国際大学社会学部に留学。同年10月に渡米し、政治亡命。ニューヨーク市立大学大学院修了。修士(コンピューター・サイエンス)。現在ニューヨーク在住。2001年に南モンゴル人権情報センターを設立。その代表として、南モンゴルの人権状況に関する情報などを世界に発信している。

   
山田宏
https://hanada-plus.jp/articles/1328

1958年、東京都生まれ。参議院議員。1981年、京都大学法学部を卒業後、松下政経塾に第2期生として入塾。1985年、東京都議会議員に史上最年少で当選し2期8年務める。1993年、衆議院議員選挙に当選。1999年、杉並区長に当選し、区長就任時の11年間に財政再建、環境対策、教育改革、住民サービス向上など一連の「杉並改革」を推進し話題に。その後衆議院議員(2期目)を経て2015年9月より現職。

   
石井英俊
https://hanada-plus.jp/articles/1233

自由インド太平洋連盟副会長。1976年、福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業。経済団体職員などを経て現職。アジアの民族問題を中心に、国内外にネットワークを持つ国際人権活動家。

 

 

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